このアルバムの3つのポイント
- バーンスタインとの伝説的な演奏会直後のベルリンフィルとカラヤンのマーラー第9番の録音
- 濃厚さと耽美さ
- 英国グラモフォン賞受賞
カラヤンによるマーラーの録音
グスタフ・マーラーと言えば現代の演奏会の主要なレパートリーですが、1960年代のレナード・バーンスタイン、ゲオルグ・ショルティなどの指揮者による活躍により評価し直された作曲家です。
しかし、20世紀を代表する指揮者の一人、ヘルベルト・フォン・カラヤンはマーラーを避けてきました。「マーラーは意識的に避けてきた。彼独特の響きを出すためのパレットを持ち合わせてなかった。マーラーでは崇高から卑俗さまでの幅が極めて狭い。」と語っていたと書かれています。
2年という長い準備をかけて1973年にようやく録音したカラヤン初のマーラーのレコーディング交響曲第5番は、日本でも評論家に冷遇され、吉田秀和氏の執筆した『カラヤンのマーラーふたたび』によると「音楽の外に立ったままで、少しも中に入っていない。精彩な表現が、どれもこれもひえびえとした感触」とか「ロマンティックな傾向が強く、時にそれは過度」という評価だったそうです。私も実際に聴いてみてこちらの記事に書いていますが、第4楽章のアダージェットの奇跡的な美しさはカラヤンならではだと思いますが、カラヤンもベルリンフィルもどこか演奏に手探りな感じがして、あまりオススメはできませんでした。
それでカラヤンのマーラーからは遠ざかってしまったのですが、色々と調べているとカラヤンとベルリンフィルは交響曲第9番は2回録音していて、1回目はセッション録音、2回目はライヴ録音です。どちらも音楽賞(1回目は英国グラモフォン賞、2回目は日本のレコード・アカデミー賞と英国グラモフォン賞)を受賞した名盤だということを知り、やっぱり聴いておくべきだと改心して今回、今年のCDの買い納めとして2つとも購入しました。
ここでは1回目の1979年から80年のセッション録音を紹介し、この次の記事で2回目の1982年のライヴ録音についても取り上げます。
じっくりと臨んだセッション録音
この録音は1979年11月と1980年2月、9月にまたがった録音で、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地フィルハーモニーでの演奏です。
この時期のカラヤンらしく、レコーディングは何セッションにも分けて長期に渡っておこなわれていますが、セッション録音の強みを活かしてそれだけじっくりと録音したことが伺えます。1976年から77年にかけてのベートーヴェンの第九交響曲も4ヶ月間にまたがっていて、ベルリンで録音してから第4楽章の合唱を録音するためにウィーンに場所を変えてレコーディングしていましたし。
最近はレコーディング技術が進んでいてライヴでの録音も音質が良いですし、オーケストラの自主レコーディング・レーベルも多くなっていて、演奏会での演奏をそのままライヴ録音としてリリースすることが当たり前になっています。現在のベルリンフィルのシェフのキリル・ペトレンコのように録音に様々な加工がおこなわれて録音と演奏が一致しないことを敬遠する指揮者もいますし、生で演奏したのを「スナップショット」としてレコーディングするのは良いですが繰り返し録音したものを良い所どりをして重ね描きするのは避けたいという傾向も出てきました。当時のセッション録音の文化は今後は少なくなっていくのでしょう。
バーンスタインの衝撃の演奏会直後の録音
さてこのカラヤン/ベルリンフィルのマーラーの録音が始まった1979年といえば、ベルリン芸術週間の10月4日、5日にあのバーンスタインが最初で最後のベルリンフィルの指揮台に立ち、伝説的なマーラーの交響曲第9番の演奏をおこなったばかり(ライヴ録音の紹介記事はこちら)。その翌月にカラヤンが同じ曲をレコーディングを始めたのがとても興味深いです。
というのは、第1楽章から聴くと分かるのですが、カラヤンらしからぬというか、まるでバーンスタインの影響を受けているかのように濃厚な演奏になっているためです。70年代のカラヤンはどちらかというとスッキリとしたハーモニーで、初心者でも聴きやすい演奏が特徴的なのですが、このマーラーではドロドロとした感じがして、バーンスタインっぽいです。
最近は84分くらいまでだったらCD1枚で入るので、この長大な第9番もCDを入れ替えずに聴けるのですが、このカラヤンの演奏時間は第1楽章が29:07、第2楽章16:44、第3楽章が13:17、第4楽章が26:49で、トータル85分57秒。比較的新しくリリースされたCDでも2枚組になっています。第1楽章が長めになっていて、濃厚なハーモニーでマーラーの世界を表現したかったカラヤンのこだわりが感じます。
シンフォニックに描こうとした第2楽章と第3楽章は厚みあるハーモニーで、各楽器の旋律の引き出し方が見事です。ポリフォニーが鮮やかにはっきりと聴こえます。
そして第4楽章はカラヤン美学と呼ぶべき美しさで、期待を裏切りません。あわよくば、音色が健康的すぎな印象がして、シンフォニーもあまりに壮大すぎる感があり、「死」のテーマを感じないところがあります。この点は、次の記事で紹介する1982年のライヴでの再録音で劇的に変わっていて、私はカラヤンのマーラーだったら再録音のほうをオススメしたいです。
まとめ
カラヤンとベルリンフィルの1回目のマーラー交響曲第9番の録音。セッション録音でじっくりと演奏されていて、濃厚さと耽美さを併せ持つ演奏です。
オススメ度
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1979年11月, 1980年2月, 9月, ベルリン・フィルハーモニー
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試聴
iTunesで試聴可能。
受賞
1981年の英国グラモフォン賞「Orchestral」部門を受賞。
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